IT関連・その他のニュースについて,考察したいかな?
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
天然パーマはIQが低い
2007-07-04 Wed 09:02
何やとコラっ!!
と,思わず切れてしまうようなタイトルですが,データを見る限りはきちんとした相関関係があるそうです.
と,いうのは,いわゆる発展途上国など教育が行き渡っていない地域において天然パーマの人種が多いからというものであって,天然パーマとIQの低さには相関関係があったとしても,因果関係をあるとは言えないっちゅー話ですわ.
この話は,先日,同志社大学今出川校地にて開催された「朝日新聞社共催シンポジウム 「力」の未来を探る-ヒトのの勝負どころは?」にて,東京大学大学院講師 池谷裕二さんが話されていた内容です.
彼の話は大変面白く,というか,プレゼンがうまいのかな??
」をテーマに興味深い話をして聞けた.
例えば,“女の勘”についてだとか,夫が妻の手を握ることによる妻の(電気刺激を行った際の)嫌悪感の低下など.

話は最初に戻るが,相関関係と因果関係の違いは,非常に重要な概念となる.以前,受講した統計学の講義にて講師がこんな問題を出したことがある.
「“シートベルト着用の有無によって,自動車事故時におけるドライバーの死亡率に大きな差がある”」,この情報からシートベルトの着用とドライバーの死亡率に因果関係があると言えるのか?
さてどうだろうか?
自分の考えでは,この情報からは必ずしも因果関係があるとは言えないと思っている.内容については省略するが,重要なのは与えられた情報を疑うことが出来るかどうか言うこと.
スポンサーサイト
別窓 | 講演会・勉強会 | コメント:4 | トラックバック:0
修論発表会(三沢さん口調で)
2007-01-26 Fri 00:00
こんばんは.nabeだよね
今日は,D大学工学部知識工学科修士論文発表会(一日目).
自分が一番聞いときたかった研究室は明日(想定外だよね).
よって,本日は次に聞いときたい研究室の発表を聞いた.

ぶっちゃけ最適化とか良く分からないよね.さすが修士って感じだけど,講義とってないから.特にH和さんの修論なんて全部イングリッシュだからね(ワイパー)
やっぱり興味があるのはweb関連だよね.
web関連に論文は,アルゴリズムというよりはシステムよりだから直感的に感じ取れるところがあっておもしろいよね.(ソーシャルブックマークの応用例やグリッド+RSS利用によるwebサービスの提供基盤の構築,イントラブログ等)
まあ,システムを作成しているわけだから,そのシステムが世の名にでない限りはなかなかレスポンスが得られないわけで,教授らからは「意味が分からない」,「その学術的意味は」などという質問がされていたね.キツイ質問をするのが全てライバル学科(と思われる)の教授さん達だったことにはいささか笑いをこらえられないわけで(グフフ)

ちょっと面白いサービスがあったんで報告するよね.
Polaroize
http://lab.rails2u.com/polaroize/

下のような画像が簡単に作れるよね.
image.jpg


背景色とか,回転の向きも決定できたらいいよね.
別窓 | 講演会・勉強会 | コメント:0 | トラックバック:0
京都・学生アントレプレナー大賞オープニング講座
2006-07-02 Sun 00:17
 本日13:00より急遽,京都・学生アントレプレナー大賞オープニング講座にお邪魔させていただきました.アントレプレナーシップとは,“起業家精神”.特に起業したいと思っているわけではないが,友に誘われたのでこれも一つの経験だなということで,未完成のレポートに後ろ髪を引かれながらも自転車で京都商工会議所へ
 
京都・学生アントレプレナー大賞オープニング講座の続きを読む
別窓 | 講演会・勉強会 | コメント:0 | トラックバック:0
ケータイをもったサル
2006-04-22 Sat 22:30
本日,京都市内某所にて「ケータイを持ったサル」の著者,正高信男氏の講演会に顔を出してきました.もちろんピンでです(-_-;)さみし~
あっここから結構真面目な話なんで読むのめんどくさい人はそうそうに切り上げてください.

とりあえず,正高信男氏の紹介:京都大学霊長類研究所教授です.研究のために日本中にサルが増えることを望んでいます.

それじゃあ始めます.
正高氏曰く,“私”というものは,環境(周囲の目)により形成される部分が大きいそうです.“学習”の報酬が単なる食料ではなく社会的注目・賞賛であり,私達はそれらに快感を感じているからだそうです.特に,日本人にはこの傾向が強く表れているそうです.と,いうのも私の文化のベースとして農耕作業があるからであり,また農耕作業というものは一人ではなく集落などの団体での作業となるために私達はよく言うと団体を重んじる,悪く言うと周囲の目を気にする傾向にあるそうです.
また,これらの症状は日本におけるケータイ文化にも顕著に現れています.欧米ではケータイメールは月に30回程度が普通らしいのですが,日本では日に30 回のメールをする人はそこら中にいて,その用途も大概はささいなことです.ささいな事ではありますが,ケータイメールにより人とのつながりを多いに感じています.しかし,逆説的に言えば,私達はケータイメールがなければ人とのつながりを感じられないようになっているのではないだろうか?よく「ケータイがなければ生きていけない」といった言葉を聞くが,これはかなりさみしいことではないだろうか?
昔はケータイメールという形あるものがなくても人とのつながりは十分感じられただろう.SNSを使いながらこんなことを言うのもなんだが,人にとって便利なものとして現れたケータイが実は便利なものとしてに機能は少ししか現れておらず,単に人とのつながりを複雑化させているような気もする.
現代社会の生活は様々なものの登場・発達によりどんどん便利になっている.しかし,その“便利”なものによって私達のこころは豊かなものとなっているのだろうか?その“便利”というものの先に待ち受けているものを見通していく必要があるのではないだろうか.

ってあんま話まとまってね~(-_-;)やっぱケータイ世代は文章力低いわ
別窓 | 講演会・勉強会 | コメント:0 | トラックバック:0
| Input before Output |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。